夏祭りで迷子になった

夏祭りと花火

おばあちゃんの家の近くでは、田舎にしては大きな規模の夏祭りが開かれている。子供の目で見ていたその夏祭りは、煌びやかな雰囲気になり、まるで普段とは違った世界に感じていた。

その夏祭りに、おばあちゃんに連れられて行った。そこでは楽しかった思い出、そして迷子になってヒヤッとした思い出があった。

金魚すくいや射的では失敗ばかりで楽しくも悔しい思いをした

金魚すくいでおまけをしてもらった思い出

夏祭りの風物詩といえば、金魚すくいではないだろうか。少なくとも私はそう思う。そして、おばあちゃんと一緒に行った夏祭りでも金魚すくいの出店があり、チャレンジした。

地域柄かもしれないが、その店の金魚をすくう道具(ポイ)が紙ではなくモナカのような素材でできていた。なので、湿らせすぎるとすぐにポイが崩れてしまい、終了となってしまう。当然のように、私のポイもすぐに崩れ、自分の力では金魚をすくうことはできなかった。

あまりにも金魚をすくえなかった私の顔が悲しそうだったのだろうか。すくえなかった人にも3匹の金魚をくれるところ、出店のおじさんはおまけで5匹くれた。ささやかながら、大人の優しさを感じた瞬間だった。

射的はちょっとも的に当たらなかった

金魚の次に、射的の出店にも連れて行ってもらった。そこには、私が前から欲しいと思っていた玩具も、射的の的として用意されていた。どうしてもその玩具が欲しかったので、本当は1回のところ、おばあちゃんにワガママを言って3回も射的をさせてもらった。

それだけ頑張っても、お目当の景品の的にはちょっとも当たらなかった。子供の射的の腕はその程度だったというのもあるし、目玉のような玩具の景品がそう簡単に当てられないようにもなっていたのだろう。

射的でもおまけとして駄菓子をくれたが、おまけなんかよりも玩具の方が100倍欲しかった。この時は、悔しい思いを噛み締めた。

花火や盆踊りに心を躍らせた

簡素だけれど自然の中に輝く花火が魅力的だった

連れて行ってもらった夏祭りの、目玉イベントだったのが花火だ。地域のお祭りということもあり、それほど大掛かりな仕掛け花火ではない。

言ってしまえば、簡素な打ち上げ花火。けれど、自然の多いこの場所だからこそ、その中で輝く光景がとても魅力的だった。

色とりどりの花火が、打ち上がっては消える。そして打ち上がる時に「ドン!ドン!」という、お腹に響く音がする。
その光景は、今でも瞼を閉じると目に浮かべることができる。

打ち上がっては消え、そしていつかは終わる花火。でも、その時の私は花火を、「ずっと続いて欲しい」という幼く叶わない願いをかけながら見ていた。

町内の人たちで踊る盆踊りが楽しかった

夏祭りのもう一つの目玉イベントが、地元の盆踊りだ。おばあちゃんが住んでいる地域独自の踊り方があるらしく、それを町内の人たちが主になって踊るというもの。

盆踊りは、楽器を演奏する人を中心にして円を描きながらみんなで一緒に踊るような形だ。

踊りの振り付けについては、それほど難しくなく、子供である私もしばらくすると身についてくるようなシンプルなものだった。

盆踊りでは、大人も子供も関係なく、ただ踊る楽しさに酔いしれていたと思う。そして盆踊りの終盤が近づくとともに、夏祭りの終わりもそこまで来ていた。

人ごみに紛れて迷子に・・・迷子の放送で見つけてくれた話

気づくと一人になっていた

夏祭りの終盤は、帰宅し始める人の流れができる。大人になった今でも、その人ごみの流れに争うことは難しいと思う。

そうなると、子供ならばなおさらだ。私は盆踊りが終わった後、その人ごみの流れに飲まれて、気づくと一人になってしまっていた。

周りを見たわしても、おばあちゃんはいない。そして元の場所に戻ろうとしても、人がどんどん押し寄せて帰ることもできない。

せめてもの避難として、道の脇に出るようにして、なんとか人の流れからは外れることができた。

しかし、完全な孤独になってしまった私は、その場に立ち尽くして強烈な不安に襲われて大泣きをした。

迷子の放送をしてくれた

おばぁちゃんとはぐれて、一人になってしまった私。大泣きをしているところ、「迷子になったのか?」と声をかけてくれた人がいた。

はっきりとは記憶していないけれど、その人が祭りの本部席に私を連れて行ってくれて、迷子の案内をするように頼んでくれた。

本部席の人に「何歳?」「家族の名前は?」など色々と聞かれ、泣きべそをかきながらも答えた記憶がある。そして迷子の放送が流れた。

その放送が流れてから、たぶん5分もしない間に、ばあちゃんが迎えに来てくれた。いつも優しい顔をしていたばあちゃんだったけれど、その時ばかりはかなり心配をしたのか、とても困った顔をしていた。

ただ、私の顔を確認すると同時に、いつもの優しい顔に戻った。

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