おばあちゃんの手作り料理の思い出

山菜料理の準備

「おばあちゃんが手作りをしてくれた、美味しい料理達の思い出」

おばあちゃんの家での思い出で、印象に残っているものの一つが、おばあちゃんが手作りをしてくれた料理の数々だ。その一つ一つが、普段食べていたご飯の味とは違っていて、とても美味しかったのを今でも思い出すことができる。

そして、その手料理の中でも特に美味しかった思い出があるのが、「肉じゃが」と「山菜を使った料理」だった。

しっかりとした味付けの肉じゃがが私のお気に入りだった

おばあちゃんの味付けは砂糖と醤油で甘辛い

私のおばあちゃんは、よく肉じゃがを作ってくれた。そして私もまた、その肉じゃがが出てくることをとても楽しみにしていた。なぜなら、おばあちゃんの作る肉じゃがは、実家で食べる料理に比べて美味しかったからだ。

おばあちゃんの肉じゃがを美味しいと思っていたのは、その味付けに特徴があったからだと思う。その特徴が、砂糖と醤油が多めに使われて甘辛く味付されていたからだろう。

その濃い味付けが、普段食べていた料理には無い味なので、食べるたびに懐かしく、そして新鮮な気持ちにしてくれた。その味を例えるとすれば、すき焼きのような味付けの肉じゃがと言えばいいだろうか?

私の中で、美味しい肉じゃがは、おばあちゃんの作る料理の中でもトップクラスのお気に入りだった。なので、おばあちゃんに「次はいつ肉じゃがを作るの?」なんて、頻繁に聞いていた。

崩れかけのジャガイモがなんとも言えない美味しさ

肉じゃがが美味しいと感じていたのは、その味付けだけではなくて、手料理ならではの完璧ではないところだ。おばあちゃんが作る肉じゃがも、ジャガイモが煮すぎて崩れかけだった。その不完全なところが、とても好きだった。

普通の飲食店で出てくる肉じゃがなら、煮崩れしないようにしっかりと炒められていたり、煮る時間もほどほどだろう。それに、美味しい肉じゃがの基準としても、煮崩れはあまりよくないとされている。

でも、おばあちゃんの肉じゃがはジャガイモが煮崩れしかけているからこそ、甘辛い汁がジャガイモと上手く絡んで、その美味しさが増していたのだと思う。

きっとこの肉じゃがの美味しさは、おばあちゃんにしか出せないものだった。都会で暮らし続けている中では、きっと味わうことのできなかっただろう。

山菜料理の美味しさを味わうことができた

一緒に山菜採りに行った

おばあちゃんの家がある周りは、自然に恵まれた環境だ。家から歩いてすぐのところに、その地元の人たちと土地を共有してる山がある。

その山には山菜が多く採れることから、おばあちゃんと一緒に山菜を採りに行ったのも新鮮な経験だった。

その山で採れる山菜は、ワラビやゼンマイなど、有名なものが多い。スーパーマーケットなどで売れば、それなりの値段がついたのではないかと今更ながら思う。そして、値段がついてもいいくらいに美味しいかったのは、言うまでもない。

これは、自分で採った山菜だからという思い出補正がかかっているからかもしれないが。

都会でくらいしてると、山菜と触れ合う機会などまず無い。あったとしても、食料品売り場くらいだろう。だからこそ、自分達で採って、おばあちゃんに料理してもらって食べる山菜は特別だった。

おばあちゃんは山菜を使った料理も上手かった

山菜が美味しいと感じたのは、山菜そのものの美味しさだけではなく、おばあちゃんは山菜料理を作るのが上手かったというのも理由の一つだと思う。

おばあちゃんは山菜を採ってくると、その山菜の個性を生かした料理をしてくれた。代表的な山菜の天婦羅や炊き込み御飯はもちろん、厚揚げと一緒に煮物にしてくれたり、さっと湯がいてマヨネーズ和えにしてくれたり。

身近に山菜があるからこそ、いろいろな山菜料理のバリエーションを持っていた。

きっと、売られている山菜を自分で料理しても、あの美味しさは再現できない。採れたばかりの新鮮な山菜を使っているからこそ、そしておばあちゃんだからこそ出せる山菜料理の味だったのだと思う。

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